覇天会合気道の当身(打撃)に対する考え方
覇天会合気道が探求する当身(打撃)は、単なる攻撃技術とは一線を画しています。それは、合気道の伝統的な理合に深く根ざした、自分と相手を守るための洗練された護身技術です。
その核心は、力で攻撃を受け止めるのではなく、合気道ならではの体さばきによって、相手の力をしなやかに受け流すことにあります。打ち込まれた力を無力化し、瞬時に相手を制する技へとつなげる一連の動きこそが、覇天会の体術の真髄です。
古来より、合気道の世界では「当身七分、技三分」と当身の重要性が説かれてきました。技に入る前に三度当てる、真の合気には打ちや突きがある、といった教えが示すように、当身は技を活かすための生命線だったのです。しかし、時代の流れとともにこの教えは形骸化し、当身が省略されがちになっている現状を、覇天会は憂慮しています。合気道が本来持つこの当身の考え方を、現代にしっかりと受け継いでいくことを大切な使命としているのです。
その信念のもと、技法においては顔面への手刀打ち(正面打ち、横面打ち)など、伝統的な当身を重視した稽古を行っています。これは、他武道の打撃を安易に模倣するのではなく、あくまで合気道の動きに合った技を用いるという、覇天会の揺るぎない考えの表れです。もちろん、現代の多様な攻撃に対応できるよう、蹴り技への対処法も体系に取り入れています。
しかし、全ての技術は相手を不必要に傷つけるためのものではないという、重要な理念があります。最小限の力で相手に怪我を負わせることなく制圧する、そのための護身術なのです。覇天会の当身は、単なる暴力や力任せの動きとは全く違う、一本筋の通った哲学に基づいています。
この精神の原点は、藤崎師範が深く心惹かれた古都鎌倉にあります。その地に流れる凛とした空気と、そこに息づく「美と武士道精神」こそが、彼らの武の道を支える大切な土台となっているのです。